大判例

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大阪地方裁判所 昭和49年(わ)723号 決定 1974年11月06日

被告人 池内正憲

中井寿太郎

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

一  本件異議申立の理由は別紙添付のとおりであり、その要旨は、本件決定はそれ自体証拠開示決定であり、最高裁判所の判例、刑訴法二九九条、二九四条に違反する違法な決定であるというにある。よつて右につき、以下順次判断する。

二  本件決定の性質について

本件訴因の要旨は、被告人らは、ほか数名と共謀のうえ治安を妨げ人の身体・財産を害せんとする目的で、昭和四七年一二月二六日午後六時半過ころ、大阪市西成区所在の愛隣綜合センターの三階北便所において塩素酸塩系爆薬を消火器に充填し、電気時限式起爆装置を備えた爆発物一個を仕掛け、同日午後七時三八分ころ、これを爆発させて、同便所の壁・床・天井等を破壊し、もつて爆発物を使用するとともに建造物を損壊したというものであるところ、右は昭和四九年三月二三日公訴が提起され、第一回公判期日に、被告人池内から本件は釜ヶ崎の労働者を弾圧するためにつくり上げられたものである旨の、被告人中井から同被告人は事件には無関係であるのに、不当な取り調べにより虚偽の自白をした旨の陳述がなされ、第二回公判期日に、弁護人の被告事件に対する一応の意見陳述と検察官の冒頭陳述および証拠取調請求がなされた後、第三回公判期日において、弁護人から、本件は事件発生後一年三ヶ月を経て起訴されたため被告人らのアリバイの立証は困難であり。しかして検察官請求の証拠として被告人らと本件とを結びつけるものは被告人中井の供述調書のみであるからこれが任意性、信用性に関する立証が重要であるが、それには本件の捜査の全過程の究明が必要であることなどを理由として検察官の手持証拠全部の開示を求める旨の申出がなされたが、検察官は証人として取調請求している並木英夫の供述調書については同人の反対尋問前には開示する予定であるが、その余の証拠については弁護人の申出は開示の必要性、一定性等の要件を全て欠いているうえ、本件の性質、被告人らの態度等よりして証拠を開示するときは情報提供者、捜査協力者らの生命、身体をも危険にさらすおそれがあるので開示には応じない旨言明した。

当裁判所は、弁護人のかかる概括的申出は不適当であるとして、弁護人に対し、開示を求める証拠を具体的に特定し、かつその必要性を個別的に明確にされたい旨勧告したところ、第四回公判期日において、弁護人は個別的に証拠を特定するために必要であるとして七項目の証拠について検察官の手持証拠の釈明を求めた。そこで当裁判所はそのうち(一)被告人らの逮捕状請求の際に添付した資料のうち、被告人らと本件との結びつきに関する部分の資料および(二)被告人らに関連して差押えた物の有無とその品目について釈明を命ずるのが相当と判断し、検察官に対して弁護人に右の点を明らかにするよう命ずる旨の決定をなしたものである。

如上の経過によつて自明のように、本件決定は証拠の開示そのものを命じたものではなく、その前提となる開示の申出を、個々具体的な証拠についてなさしめるためになした釈明であり、これを証拠開示決定とする検察官の見解は誤りである。(検察官は供述者の氏名、住所等を明らかにすること自体一種の証拠開示にほかならないというが、ときに供述者の氏名等が証拠開示の内容となることがあり得るとしても、その故をもつて、右の如く、これと目的の全く異なる本件決定をも証拠開示であるとするのは失当である。のみならず、本件決定が供述者の氏名等を明らかにすることを求めているのは単に証拠の特定の方法としてにすぎないのであり、供述者の氏名等を示すことだけで弊害の生じるおそれがあるときにはこれを示さないでも足りる趣旨であることは再三明らかにしているところである。)

三  判例に反するとの点について

検察官の指摘する最高裁判所昭和四四年四月二五日の各決定および同四八年四月一二日の決定は、いずれも証拠開示を命じた裁判に関するものであるところ、本件決定は前示のように証拠開示決定そのものではなく、その前段階である開示申出を適切になさしめるための釈明命令であつて、右各判例とは事案を異にするから、本件決定をもつて右各判例に違反するというのは当らない。

しかのみならず、本件決定は右判例に準拠して証拠開示手続をすすめようとしたものである。すなわち、証拠開示の申出に際しては、証拠を一定し、具体的必要性を示してなすことを要し、しかして裁判所は、その申出のあつた証拠につき、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法その他諸般の事情を勘案し、開示が被告人の防禦のために特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく相当と認めるときにこれが開示を命ずることができるとすること判例であるところ、右証拠の一定性はもとより、これが開示の必要性および重要性ならびに弊害の有無内容程度等について、適確で詳細かつ具体的な主張、疎明をなさしめ、もつて適切妥当な開示手続を可能ならしめるためには、開示手続の対象となる証拠をできるだけ個別化し特定することがのぞましいところ、本件決定はまさにこの目的に奉仕しようとするためのものであるからである。

四  刑訴法二九九条に違反するとの点について

右は本件決定が証拠開示決定であることを前提にしているうえ、同条により開示を義務づけられている証拠以外の証拠については全く開示を命ずることはできないと主張するものであるところ、本件決定は証拠開示決定ではないこと前示のとおりであり、また刑訴法二九九条以外の証拠であつても、裁判所はその訴訟指揮権に基づいて、合理的な理由と必要のあるときには、検察官に対しその所持する一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができることは前記判例も示しているところであり検察官の本主張は当らない。

五  本件決定の適法性および相当性について

検察官は本件決定は訴訟指揮権の範囲を逸脱し刑訴法二九四条に違反すると主張する。

証拠開示の申出に際しては証拠を一定してすることを要するとすること判例であるところ、いかなる証拠があるかの釈明命令が許されないとするときは、右証拠の一定性の明示を不能ならしめ結局開示の申出そのものを不能ならしめるか、あるいは逆に、概括的な申出を許して不適切な開示をするおそれを招くことになるが、そのようなことは不合理であるので、弁護人から、証拠開示の申出をなす前提として証拠の存否、およびその種類内容等について求釈明があつた場合、裁判所は一応証拠の存在が首肯され、かつ一応開示の要があると認められるものについては、その訴訟指揮権に基づいて、検察官に対し、これが釈明を命じ得るものと解すべきである。

しかして、この釈明を命ずる決定は、証拠開示と直結するものではなく、存在する証拠を明らかにしたうえ、弁護人をして、真に開示を必要とする証拠を選ばしめ、その必要性を詳細かつ具体的に主張し疎明させるとともに、検察官をしてこれが弊害の有無ないしその内容、程度の主張、疎明に遺憾なからしめたうえ、裁判所が開示の許否、その時期、程度、方法等について適切な決定をなすためのものであるから、これが必要性の判断においても、時期においても、証拠開示決定の場合よりもある程度緩やかなもので足りると解すべきであろう。

そこで本件決定中被告人らの逮捕状請求の際に添付した資料のうち、被告人らと本件との結びつきに関する部分の資料の釈明を命じた点についてみるに、かかる資料の存在は当然推測されるところであり、しかして本件は爆発物取締罰則違反という極めて重い刑の定められている犯罪であり被告人らにとつて重大なことであるが、事件発生後一年三ヶ月を経過してはじめて公訴が提起されたもので、被告人らは前示のように公判廷では強く、これを否認しているところ、検察官請求にかかる証拠中被告人らと本件とを結びつける証拠としては、共犯者とされている並木英夫の供述もしくは供述調書と被告人中井の供述調書だけのようでありこのような事情の下においては、被告人らが嫌疑を受けるに至つた根拠はどのようなものかを知ることは被告人らの弁護のためには重要なことであり、弁護人として、被告人らと本件とを結びつけた資料を知ることはその弁護の方針を決定するとともに争点を明確にし、ひいては検察官請求の証拠に対する意見を述べるうえにも必要であると解される一方、供述者の氏名等を示すことによつて証人威迫等の弊害が生ずるおそれのあるときにはそれらの点を伏せて最少限度特定できる程度の釈明で足りるとしていること前示のとおりであるからかかる弊害も考えられないし、これを要するに右釈明を命じた資料については一応開示の要が認められるので右決定は必要かつ相当であり、訴訟指揮権の範囲内の適法なものというべきである。

次に、本件決定中の被告人らに関連して差押えた物の有無とその品目の釈明を命じた点についてみるに、本件の性質上、爆発物の残存物等の差押物が存在するであろうことは優に推測されるところであり、そして、これら代替性のない差押物の開示は防禦上必要であることも容易に首肯されるうえ、これらはその性質上開示による弊害は考え難いのみならず刑訴規則一七八条の一一は、検察官は公訴の提起後は、押収物を弁護人が訴訟準備に利用できるようにすることを定めておるのであり、同条の趣旨に照らしても右の釈明の対照となつている資料については一応開示の要が認められるので右決定は必要かつ相当であつて違法ではない。

六  結語

以上のとおり、本件決定はなんら違法不当ではなく、検察官の本件異議申立は失当であるから、刑事訴訟法三〇九条三項、刑事訴訟規則二〇五条の五に従いこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり決定する。

別紙(略)

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